理事長|小林 豊

新年のご挨拶

さくら総合病院病院長 兼 さくら総合福祉センター長|小林 豊

『蛹(さなぎ)』


蝶の蛹(さなぎ)って見た事はあるであろうか?グロテスクである。蝶は綺麗でチヤホヤされるが、その流麗な振舞いや淡麗な容姿からは想像もつかない蛹は、決して脚光を浴びる事なく、地味であり、また気持ち悪がられたりする。このように卵→幼虫→蛹→成虫、と成長と共に体の仕組みや形を変えていくことを『完全変態』という。蝶の誕生は卵の孵化から始まる。卵の孵化は容易なことではない。卵のうちに天敵に食べられてしまうことだってある。アゲハ蝶を例にとると、100個の卵が孵化するまでに天敵に食べられ、95.3個に減る。孵化して一齢(初齢)幼虫になれるのは47.2頭に減る。この卵から一齢幼虫になることを孵化、という。この中で脱皮して二齢幼虫になれるのは17.0頭、三齢幼虫になれるのは8.4頭、四齢幼虫は2.6頭、五齢幼虫(いわゆるアオムシ)は1.8頭しかなれない。産み落とされた卵の2%弱しかアオムシになれない。我々が出くわすアオムシは、実に優秀である。一齢幼虫から四齢幼虫までは黒色でいわゆるイモムシであるが、これが五齢幼虫になると緑色に変わり蛹(さなぎ)になる準備をする。この中で蛹になれるのは1.6頭。蛹から成虫になれるのは0.6頭、と言われている。この蛹が成虫になることを羽化、という。


当法人は1980年に診療所として「大口外科クリニック」という卵となった。地域のニーズにより早々に孵化し、「大口クリニック」となった。「大口クリニック」は脱皮して「さくら病院」となり、止まることなく、いつか羽化してやるぞ、と脱皮を繰り返して、「さくら病院+さくら荘+老人ホーム太郎と花子」となった。その都度脱皮は簡単なことではなく、奮闘努力で脱皮をしてきた。私がこの法人にやってきた2011年までに幾多もの脱皮を繰り返し、成長してきていた。施設としての規模と建物が増え、医療と福祉の複合体となってきていた。2011年からは医療安全や感染管理の整備が始まり、消防からのドクターカーの要請も著明に増えた。1980年から2011年までが卵からの孵化、そして黒い“イモムシ”としてどんどん脱皮してきたphaseだった。2011年から脱皮し緑の“アオムシ” となったわけである。2019年からは蛹となり、成虫になるために一番重要な準備に取り掛かっている。


では、動かない、目立たない、地味な蛹はどんな成長をしているのであろうか。アオムシが蝶になるための蛹である。葉の上を這う虫が流麗に羽ばたく蝶になるのである。その激変が蛹の中でなされているのである。しかし外から見た時に、その激変している様に気がつく人はいない。気がつかなくていいのである。チヤホヤはされない。虎視淡々とアオムシは蛹の中で蝶々になっていくのである。


2019年4月に私が理事長に着任し、法人の経営と管理の体制をリニューアルした。これを持って蛹への突入である。法人の外から見ると変化にはなかなか気がつかれないだろう。今、当法人は蛹である。さくら総合病院+さくら総合福祉センターがこの地域に本当に揺るぎない存在になるために、地域や社会の求めに真に応えることができる蝶になるために、蛹の中で変化し続けてきているのである。医師や看護師、コメディカル、事務職員、福祉施設職員の一部は入れ替わり、本当にいいメンバーになってきた。質も高まり、有能な人材がかなり増えてきた。これに伴って離職率も下がり、医療安全や感染管理といった現代の総合病院に求められる仕組みも充実してきた。こうして、より大きく高度な医療を提供している病院とも胸を張って連携できるようになってきた。時にはそのような大病院の何らかの力になれるように成長してきた。世の中があるべき姿に目まぐるしく変貌を遂げつつある昨今、美しい蝶々になるべく、当法人の蛹の中での改革は続いていく。地域の方々を中心に多くの人々に支えられながら、蛹の中で目立たない成長をしている。いずれ羽ばたく蝶になりたくて。卵としてこの地に産み落とされた時に夢見た未来を実現するために。

医療法人医仁会 理事長|小林 豊

ご挨拶

医療法人医仁会 理事長|小林 豊

『 医療法人医仁会という会社の「あるべき姿」』


医療法人医仁会は1983年に発足しているが、その布石は1980年の「大口外科クリニック」の開院に遡る。私が赴任してきた2011年までの31年間は歩を緩めることなく、規模の拡大を図ってきた。これは地域におけるそのニーズとこれに対して絶対に「断らない」というポリシーを前理事長が貫き、前理事長自身が寝食を忘れて地域医療・地域福祉へ尽力してきた結果、いや途中経過であった。高齢化社会が急速に進行していく中で、「断らない医療」を進めていきつつ、この地域のニーズを満たしていくには、この規模は譲れない必然であった。救急を積極的に遂行している総合病院を要する医療法人が大規模福祉施設を運営している、というのは、全国でも稀有であり、これがうまく噛み合った時に、超高齢化社会に対する医療と福祉における一つの答えとなり、社会のために当法人が歩んできた道のりは、確固とした信念に基づいた「あるべき姿」なのである。

規模の拡大は人員の増員を要し、急激な増員は職員の定着を許さず、職員の回転が教育を阻み、働く者のモチベーションの維持は大きな課題であった。どんな会社でも従業員のモチベーションはテーマとして掲げられるが、当法人でも例外ではなかった。モチベーションの向上は一朝一夕にしてなるものではなく、これは環境の変化が求められた。私が赴任して、職員の集会で最初にスピーチで話した目標は、「離職率の低下」と「従業員満足度の向上」であった。他業種の企業では当たり前になっている、「顧客満足度(Customer satisfaction; CS)」は「従業員満足度(Employee satisfaction; ES)」の上に成り立つ、ということの具現化である。医療や福祉という業界は、そもそもCSのためにESを犠牲にしてきた業界であり、働く者の気合と根性で作り上げられてきた文化であった。医療福祉業界は、大きく舳先を「あるべき姿」に向けて転換することを求められているのである。

私が赴任してきた2011年は平成23年であり、平成生まれが大学を卒業して社会人としてデビューしだすタイミングであった。恐らくこのタイミングは、ESを犠牲にするということを医療福祉の業界でも見直さなければならない時期を迎えた、そういう波を感じる時代の変化であった。2015年の大手広告代理店の新入社員の過労自殺をきっかけに、時間外労働や労務環境の改善がいかなる業界にも求められ、今般の「働き方改革」にまで急激な変化を末端の企業にまで求められるところまで急変した。そもそもESの犠牲に成り立ってきた医療福祉業界は社会や経済の整備がなされないままに、このES重視の時代の波が訪れ、現場の管理・運営はその波に飲み込まれそうになっているのが、現代医療の現状である。

この度、2019年4月1日をもって医療法人医仁会理事長に着任した。この船出は容易なものではないが、8年前に私が掲げた目標が時代に合致しており、これが最優先課題であり、大願成就のための最短コースであることも確信が持たれるところである。「管理」「運営」「経営」「教育」をそれぞれにおいて「あるべき姿」を追い求めて、これを達成することは、地域社会における医療と福祉のニーズに対して、確りと永きにわたって答えていく当法人の行き先であり、私に課せられた使命であり、着任にあたっての所信である。2025年問題と言われる年はすぐそこまできている。私の会社は、2045年、2055年を見据えた地域社会への貢献を約束して、「あるべき姿」を具現化していくために歩を前に進めていく。

さくら総合福祉センター長|小林 豊

センター長からのメッセージ

さくら総合福祉センター長|小林 豊

Message from Yutaka Kobayashi

さくら総合福祉センターは、2次救急の総合病院「さくら総合病院」を運営する医療法人医仁会が展開する福祉サービス施設を擁しております。福祉を必要とするすべての皆さんに、いかにご満足いただくか、これが我々のテーマです。

福祉施設に求める、最も重要なことはなんでしょうか?我々はそれは「安心」と「安全」と考えています。では、「安心」で「安全」な福祉施設は、急変したり新たな病気が発生したりしやすい入所者の方々へ、迅速かつ確実な医療を提供できる環境でなくてはなりません。当福祉センターが展開する「老人保健施設さくら荘」や「有料老人ホーム太郎と花子」では、必要に応じて「さくら総合病院」を受診してもらい、その病状次第では迅速に入院して治療を行います。

またこれらの施設で急変が起きた場合は、24時間365日「さくら総合病院」のドクターカーが、消防の救急車よりも早く、医師看護師同乗で駆けつけ、その場で評価と治療を開始し、必要に応じて病院へ治療しながら搬送し、早急に高度な検査や治療を展開します。このような福祉施設は日本国内に例がなく、文字通り「日本一安心安全な福祉施設」である、と言えます。

皆さんや皆さんのご家族には、何よりも「安心・安全」な施設で余生を過ごしていただくことが、何よりの幸せであり、孝行なのではないでしょうか。